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2006.12.19.22:56
部屋の中を片付けていたトコロ、1997年(9年前)頃に書いたと思われる小論文を発見。 当時私は18歳。 高校3年生のなにかしらの課題であったと思う。 おもしろかったのでそのまま掲載。
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日本は敗戦国である。
そのため、日本の戦後教育に対して、戦勝国からの様々な介入がなされた。
戦勝国の思惑の1つには、日本の軍事能力の一部を担った、「天皇のため、国家のため」という精神の抹消があったに違いない。
その目的を果たすため、戦勝国は先ず、当時の天皇制を否定した。
日本において天皇制は、多少の例外的時期こそあれ、古来より、日本の政治・文化の中心を担ってきた。
この天皇制を否定したことで、日本人の国民的自覚、つまり自国民としての自覚、が失われていった。
現代日本の問題の1つに、若者を中心とした、政治・経済などの社会に対する無関心、ということがある。
この問題の要因は幾つか挙げられるだろうが、その中心的要因として、国民的自覚の欠如が考えられる。
つまり、自分の所属している社会組織に、自分が所属しているという自覚がないことから、その組織の動向に、興味を持てないでいるのである。
今後、日本という社会を、主体的に動かしていくことになる若者に、社会の一員であるという意識が欠落していることは、ゆゆしき問題である。
この問題を解決するためには、失われた国民的自覚を回復させることが、必要不可欠である。
国際社会において自立を成し遂げた現代日本は、そろそろ、自国文化を見直してもよいのではなかろうか。
国民的自覚を取り戻す一助として、自国についてよりよく知る機会を提供することこそが、現代日本教育の担うべき役割なのである。
表記は原稿をそのまま再現。
句読点の使い方、漢字と仮名のバランスがイマイチ。
それでも18の小僧が書いたにしてはなかなか。
前半部分で天皇制を否定したコトが国民としてのアイデンティティを失わせたとし、後半ではその影響で若者が社会に無関心でいると説いているが、いささか飛躍しすぎな感がある。
9年前の自分が相手なので遠慮なく批評するが、天皇制=国家のアイデンティティは言いすぎだろう。
アイデンティティを形成する重要なファクターではあっただろうが、そのあたりをうまく表現していればといったトコロ。
惜しいね。
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